世界中の人が侵入できるこんな巨大な空間なのだから
サーバだとか、システムの中にあると思えない。
だとしたら、一体どこに?

サーバの先にあるネット空間というのは一体どこにあるんだ?
あんなに多くのホームページが一体どこにあるんだ?

もしかしたら、俺のすぐ目の前にあるのかもしれない。

こういうのって死後の世界を考える時と同じくらい
不思議な感覚がする。
まるで自分の存在が軽くなったような。


誰か知っていたら教えて下さい。


性善説

2003年9月24日


最近、まだ一人で歩けないような幼児によく遭遇する。
マンションやファミレス、いろんなとこで。

どういうわけか、皆俺に満面の笑みを投げかける。

その笑顔を見ていると、
熱狂的な性善説の支持者になってしまった。
人間生まれながらに悪人なんていない。
社会が人間を悪にしていく。
だって、あんな笑顔できる奴が悪人のはずが無い。


俺にベストスマイルを見せてくれる幼児のために
顔芸の一つでも身に付けようかと思っております。



ビジネス書を読むとよく
”ニーズではなく、ウォンツを満たせ”
と指南されている。


が、はたして欲望のままに生きる社会を創ることを
”進化”と呼んでもいいのだろうか?
すでにニーズの段階で生活必需品という定義を超え、
消費者が欲しいなと思っているものを具現化しているのに、
それにあきたらず、ウォンツというものは
消費者の奥底に潜む欲望をほじくり出し、
本人も気付かないような意識下の欲求を満たす。


これはやりすぎなのではないでしょうか?


人類の進化が欲望を満たすことにあるのなら、
それは退化というべきではないだろうか?
原始時代、人類は自然状態にあったという
「ホッブス」の仮説がある。その自然状態とは
人間同士が食べものを奪い合う、戦いの連続。
自分自身を守ることが最優先であり、善悪の判断は二の次。
アナーキーな世界。
本能むき出しの獣のような生き方。
本能と欲望の両者がかなり密接な関係にあることを考慮すれば
欲望を満たすイコール本能に回帰することになる。


資本主義社会でウォンツという言葉が
はびこっていることにより合理的に、
より効率的に欲望を満たす自然状態に
回帰しようという志向性を感じた。
それは最も資本主義原理の働いているアメリカの姿に
獣に近いものを感じることに関係しているだろう。

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HP(http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/3737/)に蝦夷南下珍道中〜北海道→東京鈍行列車旅行記編〜アップしました。よろしければ、ご賞味下さい。

胡椒

2003年9月20日

今まで料理の際は味塩こしょうという便利なものを
使っていた為気付くことはなかったが、
古代から存在する胡椒というものは
その粉を一振りするだけで劇的に料理を
美味する不思議な香辛料である。

歴史の教科書では、なぜ遠い昔ヨーロッパの人が
命を落とすかもしれない危険を冒してまで
香辛料のためにアジアまで渡航したのか理解できなかったが、
自分で実際使ってみて分かった。

ヨーロッパ人は美味しいものが好きだったのだ。


欲望ってすごい。
胡椒のためにヨーロッパから中国まで何ヶ月もかけて旅するんだもん。
俺にゃー無理だっぺ。


夏の終わり〜♪

2003年9月18日

目を覚ますと・・・


なぜか台所で寝ていた。


目を覚ますと・・・



なぜかパンツ一丁になっていた。

この夏の身の毛もよだつ怪奇体験でした。

吉田松陰

2003年9月16日

俺は自分の中にもう一つの人格を持とうと思う。

一つの答えだけでなく、二つの答えを持つ為に。
一つの答えをより強固なものにする為に。

もう一つの人格と問答を繰り返すことで
思考は熟成される。

その対象としてピックアップしたのが四人。
?吉田松陰
?坂本竜馬
?トータス松本
?島田紳助

その中で、自分の生き方を考えた上で
最も近いと思われる吉田松陰をチョイスした。
(いつかは全員の人格を獲得したい)

その人格を手に入れる為には、
徹底的にその人物について知る必要がある。

しかし、一つ難題にぶち当たった。
吉田松陰は童貞なのである。
しかも、一生。
一生童貞の奴の思考回路って一体?
大問題だ。

早くも、迷宮入りか?

ANGRY FIST

2003年9月15日

2年前俺がインドに行った時、
俺は絶えず怒っていた。

インド人が俺ら日本人からあらゆる手段を
講じて金を騙しとろうとしているからだ。
日本人から金を取るのではなく、
貧困を生み出しているインド政府に対して
もっとエネルギーを向けるべきだ。
と当時は考えていた。

しかし、インド人が金を騙し取ろうとするのは
当然のことであった。
あれから、2年経ってやっと気付いた。

そもそもインドには定価という概念がほとんどない。

それはなぜかというと定価という概念は
キリスト教から生まれたものだから。
簡単に説明すると、”隣人愛”という教義から生まれた。
商品やサービスという商売を通して
隣人愛の実践が行なわれているのである。
しかるべき適正な正価で商品やサービスを提供する。
高すぎてもだめ、安すぎてもだめ。
そうした貨幣獲得方法は他者もハッピーにし、
自分もハッピーだからキリスト教的には
オッケーなのである。
まさに隣人愛という訳である。
もう一度言うが、そうした理由で
定価という概念はキリスト教から生まれた。

インドはもちろんヒンズー教だから
キリスト教の下地はない。
だから、獲れる奴から獲ろうという発想が生まれるのである。


俺達の常識は通用しない世界もある。
というか資本主義のルールなんて
世界でまだ一部の人達しか共有できていない。


そんなことが分かってくるとインドが
もうちょっと好きになり、
イラクの気持ちも理解できる気がする。
次インド行くときはもう怒らない。
でも、闘う!!


カタカナ

2003年9月12日
シツレイイタシマシタ

アリガトウゴザイマス

オマタセイタシマシタ

グローバル化の波に乗り、高度に資本主義化された
チェーン店で発せられるコトバは
まるでカタカナの振り仮名のある異国語を
発声しているかのように聞こえる。

グローバル化が文化・歴史の違う土壌の異言語を大量に流入させ、
カタカナを使わざるを得ない状況が生じた。


言葉は本来、言霊(言葉に魂が宿るという意味)
という言葉があるように有機的なものであった。
それがカタカナという無機質な記号が作られ、
普及したため、本来有機的な言葉が
無機質になってしまった。特に、ここ数年甚だしい。


確かにカタカナは便利だ。
しかし便利さを追求した日本はどうなった?
生きる意味を見失った人間が爆発的に増えた。
それと同じで便利なカタカナの普及は言葉の意味を喪失させる。
想いを届ける手段も失ったら、機械と一緒。


マニュアル化が言葉にまで波及している事態を忌々しく思ふ。


無一文

2003年9月10日

ジョギングを終えて家に戻ると
鍵がかかっていた。
何度インタフォンを鳴らしても全く応答無し。

所持品はタオルとビショビショに濡れたTシャツのみ。
もちろん鍵は部屋の中。
お金も無い。電話も無い。眼鏡もない。
しかも上半身裸。

ふと、弟が近日中に実家に帰ることを思い出した。

バリヤバイ!

もし、弟が実家に帰ってしまっていたとしたら、
それはこの状態でしばらく放置されることを意味している。

この状況を打開する方法は3つ。
?弟が帰るのを願ってひたすら待つ。
?交番に駆け込む。
?知り合いに助けを呼ぶ。

?は、上半身裸のままじゃ明らかに変質者だから無理と悟り、
とりあえず、Tシャツを乾かし始めた。
?は、携帯なけりゃ誰にも助けを呼べない。→無理
?が今のところ一番現実的な方法。


それにしても、俺は鍵が無いくらいで
生きていけなくなるほどちっぽけなもんだった
という事実に愕然とした。
そっちの方がショックが大きかった。

そこで、奮い立った。
この状況を打破してやる!!

俺は、?という方法を取りながら、
この状態からどうやって今までの生活を取り戻すかについて考えた。
部屋にあるものを取り戻すのではなく、
0から全てを獲得していく方法について。
失うことを恐れてはいけない。

今使えるものは、俺の体のみ。
生活するには金が必要だ。
肉体労働
→だめだ、それじゃこの状況から抜け出せない。
会社を作る
→どうやって?っていうか上半身裸の社長なんてありえない。
誰かにかくまって貰う
→肉体労働と同じだ。

そんな問答を繰り返しているうちに弟がひょっこり帰ってきた。

この事件を通して、
俺はまだまだこの身一つで生きていけないことを
嫌というほど思い知らされた。

さあ、どうする俺?

なつりつけ合い

2003年9月9日

夢を失った大人が
自分の子供に夢を託す。

やがて、その息子も現実に負け、夢をあきらめ、
自分の子供(大人から見た孫)に夢を託す。

そして、その息子の息子も現実に負け、夢をあきらめ、
自分の子供(大人から見たひ孫)に夢を託す。

そんな風に夢が先延ばしなっちゃいないかい?
どこかでその循環を断ち切るイチローのような
突然変異の人間が登場しなければ
この循環は断ち切れないのかい?

俺はそんな夢の先延ばしは絶対にしたくない。
かといって家庭を養っている親を馬鹿にする気はない。

ただ、この循環にゃ何も光を感じない。
ただそれだけ。

毎日が自慢話のような生き方をしたいだけ。


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HP(http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/3737/)に蝦夷南下珍道中〜蝦夷騒乱編〜&ラーメンアップしました。蝦夷騒乱はかなり貴重な体験でした。よろしければ、ご賞味あれ。


VIVA LA REVOLUTION

2003年9月8日

俺は昨年1月謀反(社長弾劾事件)を起こして以来、
会社に対して二度目の反旗を翻した。


今回は会社に公然と存在する部内費という租税に
納得がいかなかったから。
そのことで上司と口論したが、上司は払え!!
俺は払わない!!!の平行線を辿ったため、
話はまとまらず、メールにて報告しろということになった。

以下が俺の闘争宣言(上司に報告したメール)であり、
組織に対する挑戦状だ。


****************************
部内費についての返答・私見を述べさせて頂きます。


9/1に**さんから頂いたメールに関する部内費の
使用目的についてはすでに認知しておりました。
しかし、あの時(○○さん【上司】と口論した時)
私が求めたものは使用明細(会計報告)でした。

言うなれば使用目的は建前で使用明細が本音だからです。

先日のカラオケ大会で部内費を使用したとは
聞きましたが、そのような用途でしたら
払う気は毛頭ありません。
楽しんだ者が払えばいいんですから。
また、結婚祝金・葬式・出産・転勤・退社については
そう度々あるものではないので、
その都度集めればええとおもいます。
その方が払う方も分かりやすいです。
都度1000円集めれば、部全体では20,000円を超え、
さらに会社からもお金が出るのだから
その対応で十分と考えます。
部内費というものが冠婚葬祭費用という名目のもとに
交遊のために使用するものである限り、私は絶対払いません。

また、○○さん【上司】から指摘された
?部内費1000円は部員にお世話になってるのに感謝する費用である。
?俺【上司】より劣る加藤が反論しても受け付けない(上のものが言うなら受け入れる)
というのは、少々感情的になっていた部分もある
と思いますが、矛盾だらけで同様に受け入れることはできません。

?1000円というお金が介在しなければ口もきかない関係では決してない。あと、上司の給与には部下の育成費も含まれている。
?仕事という面では確かに劣りますが、この部内費に関しては仕事という側面では扱えない問題だと思います。仕事以外なら私の方が優れている面もあるはずです。

という見解のもと、上記2項は矛盾している。
少し前に「踊る大捜査線」を見かえしたのですが、
青島という主人公は
「組織のルールは破るが、自分の信念だけは譲らない」
存在です。
組織のルールというものがルールだから守るという
考え方はおかしいと思います。
日本のルールなんて海外じゃ通用しない。
ルールなんて時と場所が変われば変動する
絶対なものではないのだから。
大事なのはそのルールが本当にルールなのかを
判断する・考えることだと思います。
そして、それが正しいと思うなら自分のルールにし、そのルールを共有すべきだと思います。
ですが、今回の一件はそのようなプロセスを踏まず、
ルールだけを押し付けたものであるからおかしなことになったのだと思います。

たった1000円のことで何を言ってるんだと
大概の人は訝しげに私をみますが、
額の問題じゃないと思います。
それが、
自分が納得がいかない・信念に反するものであるならば、
徹底的に自分の意見を述べていかねばならない。
まさに
「組織のルールは破るが、自分の信念だけは譲ってはいけない」
人は誰もが譲れないもの・人には踏み入れてはほしくないものを持っているのです。


以上長々と書きましたが、ご理解いただけたでしょうか?
私の見解としては、部内費自体必要なし、
いわんや払う必要は無いと言うものです。

*****************************


その結果、部内費はなくなった。
組織のルールを一つ破壊した。
革命に成功した!!
フランス革命の革命軍のように
旗を掲げ、走り回りたい気分だ。


VIVA LA REVOLUTION!!!!


この一件で分かったことは
組織なんて個人が強い意志を持って立ち上がれば
変えることはできる。
(話の分かる上司も必要だが)

組織がだめなんて愚痴ってる大人は闘っていない。
闘えば勝てる!!
したり顔で現実を語る大人なんてくそくらえだ!
さあ、立ち上がろう。
世の中変革していくのは俺達個人から始めていこう!


革新はあなたの手の中にある。

おけけの話

2003年9月5日

ボンッ

電車の中で目にした衝撃的な映像。

目の前にいるタンクトップの女の子のワキに真っ黒な茂み。

ワキ毛、ボーボー!!!!

たぶん、”ボーボー”という擬音語は
こんな映像を目にした人が思わず口にしてしまって
生まれたんだろうなと思った。

この話を、会社の同期の奴にしたら、
ワキ毛なんて大した事ねーぜ、
もっとスゲー茂みがあるぜ。
と言われた。


それは・・・

ケツ毛


マジで!?
確かに俺はケツ毛ボーボーだ。
しかし、女の子のケツ毛は見たことが無い。
そいつによると、ケツはどうしても
手入れできない領域だから女の子でも生えれば
処理できないそうだ。
しかし、よく気付いたな。
ノーベル性研究賞をあげるたいよ。


自分の彼女がケツ毛ボーボーだったら、ヘコむな〜。
見ないようしよう。
聞かなかったことにしよう。
ボーボー



友人に警察官になった奴がいる。
久しぶりに電話して近況報告し合った。

驚くべき事実を知った。

事件の8割以上は金絡みなんだそうです。
また、補導される少年少女の親の大半はロクデモナイ人間だそうです。
子供が何をやろうが知ったことじゃない、私はパチンコの方が大事みたいな。


やっぱり、金と家族。


どこか歯車が狂ってしまった社会を復活させる鍵はここにある。

昔、渋谷栄一という日銀初代総裁が
「論語とソロバンの一致」を唱えたが
現代は銭勘定のソロバンのみに重きが置かれて、
道徳を説いた論語が軽んじられている。

金と家族の問題を解決する糸口は論語にある!


犬は性行為においてバックしか出来ないが
満足なのだろうか?
ふと、思った。

たいていの人間はバックの時、
愛する人以外を想像したりする。
犬もそうだとしたら・・・


愛するその犬の顔を見ることもできず、
ひたすらピストン運動。

穴に向かって突いては離れ、突いては離れ。

犬にとってSEXとは愛情を深める行為ではなく、
単なる生殖活動なのかもしれない。


今度犬の現場を見たら、
無理矢理正常位にさせてみよう。
そしたら、愛が生まれるかもしれない。


告知
HP(http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/3737/)に富士山登頂記をアップしました。

SHALL WE DANCE?

2003年9月2日

会社の同期の結婚パーティが開かれた。


おめでとう。
昨日も言ったが、あんたの家族が社会を良くする。
責任持って、誇れる家族にして下さい。
と言いたい。


ただ、メインで言いたいことは
その飲み会の出席率についてである。

一言で同期と言っても男100名・女20名で構成されている。
この中で見ると男は多数派、女は少数派である。
で、その出席率である。

男は半分以下、女はほぼ100%なのである。
(その結婚した同期が女性と言うことも因子と考えられるが)


このことが
アメリカvsイラクの構造とだぶって見えた。


いわゆる多数派であるアメリカを中心とした近代資本主義国家群の団結力というか、結束力というのは
きわめて脆弱なものであった。(フランスが不参加であったように)

に対して少数派のイラクの結束力は
極めて強固なものであった。
自殺テロを起こしてしまうほどに。


パーティの出席比率と同じだ。
少数派の方が団結が強い。


今、アメリカがイラクに勝利し、
多数派の人間達(アメリカ側)は安心しているが、
少数派(イラク側)の結束力を甘く見ると
恐ろしい目に遭いそうな気がする。


多数派が少数派を力で制圧するのは危険すぎる。
多数派は少数派と融合できる社会を作っていかねば、
この戦争が引き起こした根本はいつまでも解決されず、
争いは絶えないだろう。


ブッシュさんもパーティ行ってみてはいかがですか?

突然だけど、

2003年9月1日

俺はどんなに優秀な学生・どんなにモテる学生にも負けない。
というか、すべての社会人は社会人になった自覚を持った時点でその自負を手に入れている気がする。

就職活動で偉そうなことばかり言い、
学生から企業・企業人を評価され、
悪態をつかれようが
サラリーマンにとっては痛くも痒くもないもんだってことに気付いた。

就職活動中の自分に少々赤面する。
いくら学生がサラリーマンを見下していようが、
所詮、学生なんて自分の責任すら自分でとれない
自分一人では生きていくことが出来ない
社会と完全には向き合っていない甘ったれ共である。
社会はまともに扱ってへん。
なのに、ちやほやされ甘やかされるから
調子に乗るんだろう。


学生相手に負けたと思うのは、親からの援助一切なしで自活し、自分の道をしっかり歩いている奴くらいだろう。


そんな俺が今大きいなと感じるのは、
家族を持っている人間。


高橋歩は家族ができるとマジ世界が広がるよと言い、
宮部みゆきが「模倣犯」で描いた家族を見ていると、
家族を持っている人間は他者への思いやりを持ち、家族に責任を持ち、
そして、家族に対する無限の愛を持ち合わせている。
どれも今の俺にはないもんだ。
(家族を持っていてもろくでもない人間はいるけど)


だから、相手もいないのに、今やれば相手を傷つけるだけだと分かっているのに、家族を持ってみたくなる。


子供が荒れているとか、
犯罪が増加しているとか、
社会が腐敗しているとか
いろんな問題が世の中には存在するけど、
結局はこの家族という単位でしっかりしていれば
マクロでもしっかりしたものができるはず。

社会を良くするには、
個人が良くなればいい。
それは家族を見直すことから始まる。

政治がだめだとか、
教育がだめだとか、
経済がだめだとか、
根本はそんな複雑なことじゃない。
ただ家族の歯車が狂っているだけなんだ。
それを調整すれば、
全ては劇的に変わるはず。
学生諸君、独身諸君、俺らはまだまだちっちぇーよ。



 蚊に刺されても痛くないのに、どうして注射は痛いの? そんな素朴な疑問から、蚊の針の仕組みをまねた痛くない「医療用マイクロ注射針」を、関西大工学部の青柳誠司教授と兵庫県西宮市のベンチャー企業「ライトニックス」(福田光男社長)が共同開発した。知的財産の産学の橋渡しをしている大阪TLOを通じて特許を出願しており、今年12月の製品化を目指す。
 福田社長は「自然の素材からモノを作るのは、日本人の得意技。この針も蚊に学んだ」と話している。【大川泰弘】(毎日新聞8/12)

こういう発想大好き。

ま〜、でも患者の方に対してはちょっとくらい痛いの我慢しろよと思うけどね。


物販に群がる人々。
どのフェスでもよく目にする光景だ。

心に確かな足跡を残すことができないから
せめて形あるもので自分の痕跡を残そうと皆必死だ。

あの行列を見る度に、
寂しい気持ちになる。


ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2003に続き、今年は
北の大地蝦夷までRISING SUN ROCK FESTIVAL 2003に行って来ました。
大筋は俺のHP(http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/3737/
にアップしたのでそっちを見て下さい。
ここではまたフェスの補足させてもらいます。

それはMONGOL800がステージ準備していた時のこと。他のアーティストは自分でチューニングをすることはないのに、なぜかMONGOL800はアーティスト自身がチューニングを行なっていた。
しかし、そのことに気付いている人はほぼ皆無。
気付いたのはわずか数%の人だろう。

ファンだなんだといっても所詮その程度のもんか、
顔も知らないし、アーティストのごく一部だけで判断し、
ファンになっている奴ばかりかと思うと、
そこいらにいる奴等に唾を吐きかけたくなった。
そして、”もしかしてこんな風に簡単に人を愛したり、
好きになっているのではなかろうか?”
という一抹の不安が頭をよぎった。
だとしたら、皆弱い生き物だ。
寂しさゆえに人を求め、一時の寂しさを満たすことは出来ても、
永続的に満たすことはできず、
心に巣食う孤独という化け物から
逃げ回っているだけなのだから。

もうちょっと真剣に人間と向かい合い、付き合ってみてはいかがでしょうか?

「特命課長只野」

2003年8月26日

テレ朝の深夜にAV顔負けのエロドラマが放送されているという情報を嗅ぎつけた俺は、噂の「特命課長只野」というドラマを見た。


毎夜、エロビデオを見ている俺には
性的なカタルシスを得ることはできない
程度カラミだったが、
このドラマが人気があるのは、
エロだけのせいじゃない気がした。

この只野課長がたまにドキリとするような鋭いこと言うのです。
その例が
?日本人は何でもかんでも使い捨てる。だから人も使い捨てる
?サラリーマンが何よりも自分のことを大切にするようなったらもうちょっと世の中変わるはず


来週はどんな風に
サラリーマンひいては社会を切り捨てるのだろう?
ドラマは陳腐だけど、それは楽しみだ。

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