オフィスレディーの愚痴
2003年10月21日昼飯を食っていると、
隣のOLが愚痴り始めた。
どうやらネズミ講みたいな企業に勤めているようだ。
そんな仕事に罪悪感はあるが、生きていくためには
仕方ないと割り切っている。
「自分のこと、自分の生活の安定を考えると黙っているしかない」
という思考が古今東西社会の至る所に蔓延っている。
鈴木宗雄のような収賄政治家や
徒に不安ばかりを煽るマスコミより
大衆の弱気が社会の癌。
弱い心につけこむ企業も卑劣だが、
自分にいろいろ言い訳して
悪に加担する大衆が社会をより理不尽なものにしている。
自分で自分の首をしめるようなもんだ。
昔、武士は「武士道とは、死ぬことと見つけたり」
という価値観を持っていた。
つまり生きることに死ぬ覚悟を持って臨んでいた。
今という時代にはそんな覚悟が微塵もない。
ましては死は悪いことだという風潮が
覚悟を鈍らせている。
(汚職を追求されて自殺する代議士がいるが、
自分の行為に死の覚悟を持っていたという点では
俺は素晴らしいと思う)
人が人生をどう生きるかということの一つの答えは
”完全燃焼しきる”ということ。
世の中には死にも劣る行為がある。
死とは終わりですか?
死に際にこそ人の生き様が現れるのではないんでしょうか?
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